慶応大学SFC合格者の体験記
97年と98年の記録
・97年、現役生の時、慶応大学の商学部一つだけを受験
→不合格
・翌98年、1浪の時、慶応の環境情報・総合政策、中央の経済・総合政策、専修の経済、を受験
→慶応の総合政策 不合格 その他 全て合格
1年間の勉強
とにかく、前半から終盤まで英語のみに集中しました。SFCは、試験科目が英語と小論文のみでしたから、他の科目は全くノータッチです。両親の勧めで、大手予備校の私立文系のコースに通っていましたが、自分に必要のない科目の授業には一度も出たことがありません。
高三の春、学校内の実力テストで英語の偏差値が20台だったことを今でも強く覚えていますが、その現役のころの受験直前期に偏差値が50近くまで上がりました。1浪の春から夏にかけて60台近く、秋には70台をほぼコンスタントに取れるようになっていました。ひとえに、英語のみに集中していたおかげだと思っています。
小論文の勉強は、岩波や講談社の新書の類をたくさん読んだりして、とにかく知識を仕入れることに集中しました。細かい書き方や、三段論法を使った説得力のある議論の展開、などのテクニックは直前期にまとめて覚えました。仕上げになるべく大量の文章を書くようにしました。あとは、とにかく最初から最後まで過去問を繰り返し解いていたと思います。
受験当日
2月17日
慶応総合政策学部の試験日。日吉キャンパスで受験。前日に、大阪から横浜まで新幹線で出て、どこかの寮に泊まりました。父親が同伴してくれました。試験当日は、絶対に受からないと、というプレッシャーが肩にのしかかってきて、かなり緊張していました。最初の英語の試験が始まって数十分が経っても何かそわそわして、集中できませんでした。それに、総合政策の問題でよく出題される、政治経済系の話柄に関して、直前まで苦手意識を持っていたので、これも災いしました。
小論文の試験で、最後に自分の書いた議論を見直すと、何かとても薄っぺらい、説得力のないものに感じられました。「これは落ちたかもしれない」と終了時に思いましたが、直感は当たっていました。元々、総合政策「系」の学問が好きになれなかったので、そういう意味では、自分には向いていなかったのかもしれません。
2月18日
慶応環境情報の試験日。日吉キャンパスで受験。同じく、寮に泊まりました。前日の試験が終わったあとも、エンドレスで勉強していたので、無理のし過ぎか、風邪をひいてしまいました。鼻水が止まらなかったので、大量のティッシュを持ち込みました。体調が悪いうえに、会場の席に着くなり、スプライトのペットボトルのふたを開けると、炭酸が爆発し、中身を周囲にぶちまけてしまいました(笑)。
隣の席の親切な受験生が、笑いながら「お前、なにやってんだよぉ」という感じで、試験前のぴりぴりした時間だったにも関わらず、親切に後始末を手伝ってくれました。とても気の良い人で、彼には今でも感謝しています。そんなことがあったので、体調が悪いなりに(今まで試験を受けてきたなかでいちばん悪いコンディションだったかもしれません)、緊張がほぐれ、開き直ることができました。
しばらくして、解答用紙が配られました。SFCの試験用紙の扉には、「この試験の問題はSFCの理念が反映されています、そういうわけですから、それを念頭に置いて、あわてないで、しっかり問題を読んで解答してください」というような趣旨の注意書きが書いてあって、試験が始まるまでの数分間、受験生は皆自然とその文言に目を通すことになります。不思議と、前日にその文言を読んだ記憶はほとんどないのですが、この日その文言に触れたときに感じたことは、まるで昨日のことのように覚えています。
このキャンパスの若々しさと、教授陣の親しみを感じさせる、ストレートなメッセージでした。そして、確かにSFCの過去問は、その理念と独自の趣向が前面に押し出されていて、強いメッセージ性を感じることができたのです。私は、SFCの理念にほれ込んで受験することに決めたのですから、他人よりもそれが理解できているつもりでいました。そのことで、試験が始まる直前に、自分に対する強い自信を持つことができました。
何がその日の調子を左右するか、試験直前まで本当に分かりません。結局、鼻水をずるずるいわせて、机いっぱいに鼻をかんだティッシュを散らかしながら(笑)解いた問題は、今までやってきた試験のなかで本当に最高の出来でした。「これは受かったかもしれない」と思い、やっぱりその直感も当たっていました。